ケース0550代・ベテラン社員:技能を引き継ぐ「時間」と「言葉」は、どこから生まれるのか

※冒頭のエピソードは、公的な統計や調査をもとに組み立てた架空の人物・会社の話です。実在の企業や個人をモデルにしたものではありません。引用した数字の出典は、記事の最後にまとめています。
※この連載でいう「ものづくり中小企業」は、中小企業基本法で中小企業とされる製造業の会社(資本金3億円以下または従業員300人以下)を指します。なかでも、従業員が数十人〜100人ほどの会社を主に想定しています。
「教えてやってくれ」と言われて

山本さん(仮名・56歳)は、従業員50人ほどの切削加工の会社で働くベテラン社員です。旋盤ひと筋で30年以上。難しい加工は、今でも山本さんに回ってきます。
ある日、社長から「手が空いたときに、若手に教えてやってくれ」と頼まれました。ただ、受注は増えていて、自分の担当分をこなすだけで一日が終わります。若手は真剣に聞いてくれますが、「音が変わったら止める」といった感覚を、うまく言葉にできません。結局、難しい仕事は自分でやるほうが早い、という日が続きます。
定年まで、あと4年。山本さんはふと思います。「教えろと言われても、仕事は減らないし、勘をどう言葉にすればいいんだ。」
調べてみると:技能継承の壁は「時間」と「言葉」

厚生労働省の調査で、技能継承に問題があるとした事業所にその中身を聞くと、「意欲のある若者・中堅層の確保が難しい」(74.5%)に続いて、「技術・ノウハウ等の伝承に時間がかかり円滑に進まない」が60.6%でした。
人がいても、引き継ぎには時間がかかります。さらに、音や手触りで判断するような技能は、本人にとっても言葉にしにくいものです。技能継承を進めるには、「教える時間」と「伝える言葉」の両方を用意する必要があると考えられます。
言葉にする方法は、公的な職業訓練でも扱われています。ポリテクセンターの「生産性向上支援訓練」には、「作業手順の作成によるノウハウの継承」「職業能力の整理とノウハウの継承」「ノウハウの継承のための研修講師の育成」といったコースがあります。技能を言葉にすることは、個人の才能だけに頼らず、手順として学べるものともいえます。
山本さんが「自分でやるほうが早い」と感じているのは、教える気持ちがないからではなく、教えるための時間と言葉が、まだ用意されていないからだと考えられます。
データ:製造業の6割超が、技能継承に課題

同じ調査で、技能継承に問題があるとした事業所は全産業で44.2%。産業別では、製造業が65.8%と最も高くなっています。
一方で、技能継承の取組を行っている事業所は83.7%、製造業では92.9%です。多くの会社が、すでに何らかの手を打っていることがわかります。
取組の内容をみると、「中途採用を増やしている」(56.2%)、「退職者の中から必要な者を選抜して雇用延長、嘱託による再雇用を行い、指導者として活用している」(54.7%)が上位です。これに対し、「退職予定者の伝承すべき技能・ノウハウ等を文書化、データベース化、マニュアル化している」は22.0%です。
人を確保する取組に比べて、技能を言葉にする取組は少なめの傾向にあります。また、再雇用した人を指導者として活用する会社が半数を超えていることから、定年後の関わり方も、技能継承の大切な要素になっていると考えられます。
で、どうしたらいいのか

技能継承が進みにくいのは、ベテランの教え方だけでなく、教える時間と言葉を生む仕組みが整っていないことにも一因があると考えられます。ものづくり中小企業で打てる手として、次の3つが考えられます。
① 教える時間を業務にする

「手が空いたとき」は、忙しい現場ではなかなか訪れにくいものです。教える時間を、他の業務と同じように予定に組み込むことが考えられます。
- 週に1時間など、教える時間を決めて予定表に入れる
- その分、ベテランが担当する生産量を調整する
- 教えたことも、ベテランの仕事として評価に入れる
② 技能を言葉と映像にする

感覚で判断していることは、本人が一人で書こうとすると、かえって言葉にしにくい傾向にあります。聞き手がいると、「なぜそこで止めたのか」が言葉になりやすくなります。
- 若手が聞き手になり、判断の理由を聞き出す
- 聞いたことを若手が手順書にし、ベテランが確認して直す
- 音や手元の動きは、スマホの動画で残す
引き継ぐ側が書くことで、若手自身の理解も深まる可能性があります。
③ 定年後の関わり方を描く

2021年4月から、会社には70歳までの就業機会を確保する努力義務があります。定年後も指導役として関わる道があれば、引き継ぎを急がずに段階的に進められる可能性があります。
- 50代のうちに、定年後の働き方について本人と話す
- 年齢とともに、担当業務から指導へ比重を移していく
- どの技能を、いつまでに、誰に引き継ぐかを一緒に決める
まずは①から
3つを一度に始めなくてもよいと考えられます。予定表に1時間を入れることから始められる①は、比較的手軽に始めやすい一歩です。
ベテランの技能は、会社が長い時間をかけて積み上げてきた財産です。それを次の世代に渡すための時間と言葉を、会社の側から用意することが大切になると考えられます。
ハーマスの考え方とご提案

合同会社ハーマスでは、技能継承の停滞を、ベテランの教え方だけでなく、会社の仕組みで支えられる課題として捉えています。何をどの順で引き継ぐかは、会社の規模や仕事の中身によって変わります。そのため、決まった型を当てはめるのではなく、社長と現場の双方が納得できるやり方を一緒に探していくことを大切にしています。
このケースのような場合、たとえば次のようなご提案をしています。
- ベテランへの聞き取りで、技能やコツを言葉にする
- 引き継ぐ技能の棚卸しと優先順位を、社長と一緒に整理する
- 国家資格キャリアコンサルタントとして、定年後の関わり方について本人との面談を行う
絵にかいた餅にせず、時には現場に飛び込んで本質を追求し、できたらいいねではなく実際に変化を起こすこと。それを信条に、現場に入って伴走しています。
ものづくり人事ラボでは、こうした「よくある悩み」を、年代や立場を変えて取り上げていきます。
出典
- 厚生労働省「令和7年度 能力開発基本調査」結果の概要(図61・図62・図63・図64)
- 石川労働局掲載「生産性向上支援訓練」案内(ポリテクセンター石川/高齢・障害・求職者雇用支援機構)(ノウハウ継承に関するコース例)
- 厚生労働省 広報誌「厚生労働2021年4月号 特集2」(改正高年齢者雇用安定法の施行、70歳までの就業機会の確保)
- 中小企業庁「中小企業・小規模企業者の定義」