ケース0940代・中堅社員:親の介護が始まったとき、なぜ「辞める」しか選べなくなるのか

※冒頭のエピソードは、公的な統計や調査をもとに組み立てた架空の人物・会社の話です。実在の企業や個人をモデルにしたものではありません。引用した数字の出典は、記事の最後にまとめています。
※この連載でいう「ものづくり中小企業」は、中小企業基本法で中小企業とされる製造業の会社(資本金3億円以下または従業員300人以下)を指します。なかでも、従業員が数十人〜100人ほどの会社を主に想定しています。
母が転んだ日

田中さん(仮名・46歳)は、従業員40人ほどのプレス加工の会社で働く中堅社員です。2交代勤務で、工程のひとつを任されています。
ある日、一人暮らしの母が自宅で転び、介護が必要になりました。通院の付き添いやケアマネジャーとの面談は、たいてい平日の昼間です。夜勤の週は日中に眠れず、日勤の週は有休でしのぎます。
会社には言い出せていません。ラインを止めるわけにはいかないし、他の人に負担もかけたくない。介護のための制度についても、詳しい説明を受けたことはありません。有休の残り日数だけが、減っていきます。
半年後、田中さんはふと思います。「このままだと、辞めるしかないのかな。」
調べてみると:「辞めずに続ける」ための制度は、すでにある

介護が始まったときに使える制度は、法律で定められています。厚生労働省によると、介護休業は対象家族1人につき通算93日、合計3回まで分けて取れます。介護休暇は年5日(対象家族が2人以上なら年10日)までです。介護休業の期間中は、休業前の賃金の67%にあたる給付が支給されます。本人が請求すれば、残業などの所定外労働も制限されます。
さらに2025年4月からは、会社に次の3つが義務づけられました。
- 介護に直面した人への、制度の個別の周知と意向確認
- 40歳など早い段階での、両立支援制度の情報提供
- 介護離職を防ぐための雇用環境の整備
つまり、介護を理由に辞めなくてもよい仕組みは、制度としては整ってきています。ただ、田中さんのように、本人に制度の情報が届かないまま有休でしのいでいる場合もあると考えられます。法改正で「会社から知らせる」ことが求められたのは、そのためだと読めます。
経済産業省の経営者向けガイドラインでも、最初の一歩として「経営層のコミットメント」を挙げ、続いて「情報発信」「実態の把握と対応」を示しています。制度を生かすうえで、経営者からの発信が鍵になると考えられます。
データ:介護しながら働く人は増えている

総務省の調査では、2022年に介護をしている人は628.8万人。そのうち働きながら介護をしている人は364.6万人でした。介護をしている人に占める働いている人の割合は58.0%で、5年前より2.8ポイント上がっています。
厚生労働省は、雇用されて働く人のうち「55~59歳の10人に1人以上が介護に直面している」としています。40代のうちに制度を知っておくことは、数年後への備えになると考えられます。
経済産業省は、2030年には家族を介護する833万人のうち、約4割の318万人が仕事をしながら介護する人になると見ています。仕事と介護の両立が難しいことによる経済損失は、約9兆1,792億円と試算されています。
従業員が数十人規模のものづくり中小企業では、中堅社員一人の離職が、工程に大きく響く場合があります。介護は「一部の人の事情」ではなく、会社の続け方に関わる話になりつつあると考えられます。
で、どうしたらいいのか

田中さんが辞めることを考え始めたのは、制度がないからではなく、制度にたどり着く前に一人で抱え込んだからだと考えられます。ものづくり中小企業で打てる手として、次の3つが考えられます。
① 先に「言っていい」と伝える

介護は、本人が言わなければ会社からは見えにくいものです。言い出す前に、会社の側から切り出しておくことが考えられます。
- 40歳前後の社員に、制度の一覧と社内の相談先を1枚にまとめて渡す
- 朝礼や面談で、社長から「介護のことは早めに相談してほしい」と伝える
- 相談を受けたときに、誰が何をするかを決めておく
40歳前後での情報提供は、2025年4月から会社の義務にもなっています。義務への対応を、言い出しやすさをつくる機会としても生かすことができると考えられます。
② 勤務の組み方で支える

交代勤務の職場では、介護の用事とシフトがぶつかりやすい傾向にあります。休むか辞めるかの二択になる前に、勤務の組み方を本人と一緒に見直す方法があります。
- 通院などの予定が夜勤明けと重ならないように、シフトを組む
- 残業は、本人の請求があれば制限する
- 有休だけで回さず、介護休暇や介護休業を組み合わせる
工程を任せている人が抜けるときは、代わりに入れる人がいるかも大切です。平時から仕事を一人に集めすぎないことが、介護への備えにもなると考えられます。
③ 状況をつかむ

経済産業省のガイドラインでも、アンケートなどで社内の介護の状況をつかむことが挙げられています。問いは3つほどでも、手がかりになる可能性があります。
- 家族の介護をしているか(またはその見込みがあるか)
- 介護のことで、仕事に影響が出ているか
- 会社に相談しやすいと感じるか
介護は個人的な事情でもあるため、回答の扱いには配慮が必要です。無記名にする、結果を見る人を限るといった工夫が考えられます。
まずは①から
3つを一度に始めなくてもよいと考えられます。社長の一言と紙1枚から始められる①は、比較的手軽に始めやすい一歩です。
中堅社員は、現場の技術と若手の育成の両方を担うことの多い層です。介護を理由に一人が辞めると、その上と下の両方に影響が及ぶ可能性があります。「言っていい」と先に伝えておくことは、本人だけでなく会社を守ることにもつながると考えられます。
ハーマスの考え方とご提案

合同会社ハーマスでは、介護離職を、個人の事情だけではなく、会社の仕組みで支えられる課題として捉えています。どこまで支えられるかは、会社の規模や勤務の形によって変わります。そのため、決まった型を当てはめるのではなく、社長と現場の双方が納得できるやり方を一緒に探していくことを大切にしています。
このケースのような場合、たとえば次のようなご提案をしています。
- 社員向けのアンケートで、介護の状況や相談のしやすさを、個人が特定されない形で見えるようにする
- 40歳前後の社員に渡す「制度と相談先の1枚」を、自社に合わせて一緒につくる
- 国家資格キャリアコンサルタントとして、社外の立場から介護と仕事の両立の相談に乗る
絵にかいた餅にせず、時には現場に飛び込んで本質を追求し、できたらいいねではなく実際に変化を起こすこと。それを信条に、現場に入って伴走しています。
ものづくり人事ラボでは、こうした「よくある悩み」を、年代や立場を変えて取り上げていきます。