バトンを渡す社長と読む製造業のこれから②お前の代で切るのか?義理で回っていた取引の時代

※この連載は、「後継ぎ専務と読む製造業のこれから」と同じ出来事を、川口の金属加工会社の社長で、専務・宮田健太さんの父である正一さんの側から見直すものです。正一さんの言葉の背景にある時代の価値観を、昔と今のデータで読み解きます。登場人物と会社は、公的な統計や調査をもとに組み立てた架空のもので、実在の企業や個人とは関係ありません。引用した数字の出典は、記事の最後にまとめています。
※この連載でいう「ものづくり中小企業」は、中小企業基本法で中小企業とされる製造業の会社(資本金3億円以下または従業員300人以下)を指します。なかでも、従業員が数十人〜100人ほどの会社を主に想定しています。
夜の事務所で

取引先から、見積もりの結果が届いた日の夜のことです。工場を見回っていた正一さん(仮名・72歳)は、事務所に明かりがついているのに気づきました。息子で専務の健太さん(仮名・34歳)が、ある品番の原価を計算し直していたのです。
「親父、この仕事、正直赤字だよ」
「先代からの付き合いだ。うちが苦しいときに仕事をくれた義理もある。お前の代で切るのか」
「切るとは言ってない。でも、なんで向こうはそんなに安いんだよ」
「向こうは資源もあるし、人も安い。同じ土俵じゃないんだ」
健太さんが帰ったあと、正一さんは一人で事務所に残りました。机の上には、健太さんが置いていった計算の紙があります。
赤字なのは、正一さんも分かっていました。単価はもう何年も変わっていません。材料も電気代も上がるなかで、言い出すきっかけをつかめないまま、ここまで来てしまったのです。
思い出すのは、平成の初めのころです。景気が急に冷えこみ、工場の仕事が目に見えて減った年がありました。そのとき、「うちの仕事をやってくれ」と声をかけてくれたのが、この取引先でした。先代の父は、その恩を最後まで口にしていました。
「あの会社に値上げを言うのは、先代の顔に泥を塗るようなもんだ」
正一さんは計算の紙を裏返し、明かりを消しました。「義理を欠いたら、商売は続かない。そう教わってきた。だが、このままでいいとも思っていない。」
あの頃は:下請と長い付き合いが当たり前だった

正一さんが「義理」を重んじる背景を、当時のデータで見てみます。
中小企業庁の検討会がまとめた資料によると、中小製造業のうち下請取引をしている会社の割合(下請中小企業比率)は、1966年以降上がり続け、1981年の65.5%がピークでした。中小製造業の3社に2社が、自社より大きな会社から仕事を受ける下請だったことになります。その後は下がり、1998年には47.9%になっています。1981年、正一さんは27歳でした。

頼り方も見てみます。中小企業庁の資料では、一番取引の多い相手に売上の50%超を頼る下請中小企業の割合は、1991年度に50.5%でした。下請の会社の半分が、1社に売上の半分以上を頼っていたことになります。
下請が当たり前で、1社に深く頼るのが普通だった時代には、主な取引先との関係を守ることが、そのまま会社を守ることでした。「苦しいときに仕事をくれた相手には義理を通す」という考え方は、その時代の中小企業にとって、生き残るための合理的な判断だったと考えられます。
今は:長い付き合いは残り、頼り方が変わった

今はどうでしょうか。2020年版の中小企業白書では、一番取引の多い販売先との取引が10年以上続いている会社は87.3%でした(2019年10月の調査)。長い付き合いは、今も根強く残っています。
一方で、頼り方は変わっています。一番取引の多い相手への依存度が50%を超える下請中小企業は、1991年度の50.5%から2011年度には40.4%に下がりました。同じ資料は、取引先の数が増え、「取引構造の流動化が進展してきている」としています。
つまり、長く付き合うこと自体は今も当たり前ですが、1社に頼りきる形は減ってきています。付き合いを続けることと、条件を見直すことは、両立できる時代になったと言えそうです。
健太さんが読んで分かること

健太さんから見れば、赤字の仕事を「義理」で続けるのは、情に流された判断に見えたかもしれません。けれど、正一さんが働き盛りを過ごした時代には、主な取引先との関係を守ることが、会社を守るいちばん確かな方法でした。
正一さんの「お前の代で切るのか」は、取引先を守る言葉であると同時に、先代から受け継いだ恩を守る言葉でもあると考えられます。そう分かると、「切る」か「続ける」かの二択ではなく、「長い付き合いだからこそ、事情を話して条件を相談する」という道が見えてきます。
専務シリーズ第2回の「赤字の仕事は、すぐに切るのではなく、値上げの交渉材料にする」は、正一さんの義理を壊す話ではなく、義理を続けるための話だと言えます。
で、どうしたらいいのか

長く付き合ってきた取引先との関係は、会社にとって大きな財産です。ただ、赤字のまま続ければ、その関係を支える会社の体力が先に尽きてしまいます。大切なのは、関係を守るために、条件を見直すことです。社長の立場から打てる手として、次の3つが考えられます。
① 義理の中身を書き出す

「先代からの付き合い」の中身は、正一さんの頭の中にしかありません。いつ、どんな形で助けてもらったのか。そして今、どんな条件で取引しているのか。並べて書き出すことが考えられます。
- 苦しかった時期に、何をしてもらったかを書き出す
- そのころと今の、仕事の中身と単価を並べる
- 今の単価・数量・利益を、品目ごとに確かめる
② 赤字を相手と話す

長い付き合いがあるからこそ、事情を正直に話せる相手でもあります。値上げを「お願い」としてではなく、上がった原価を示したうえで、一緒に考えてもらう話として切り出すことが考えられます。
- 材料・電気代・人件費の上がり幅を、1枚の資料にまとめる
- 社長同士の場で、これまでの感謝とあわせて事情を伝える
- 一度で決めず、数量や納期も含めて条件の組み合わせを相談する
③ 関係を息子に渡す

取引先との縁は、書類では引き継げません。社長同士の場に健太さんを同席させ、これまでの経緯を相手の前で話すことで、関係そのものを次の代に渡していくことが考えられます。
- 主な取引先への訪問に、息子を同行させる
- 先代からの経緯を、相手の前で息子に伝える
- 日々のやりとりの窓口を、少しずつ息子に移す
まずは②から
3つを一度に始めなくてもよいと考えられます。ただ、赤字が続くほど会社の体力は削られます。まずは②で、長い付き合いのある相手だからこそ、事情を話してみることが考えられます。
義理は、続けられる条件があってこそ守れます。次回は、若手の「ちょっと相談が」を聞いた夜の正一さんの側から、長く勤めるのが当たり前だった時代を見ていきます。
ハーマスの考え方とご提案

合同会社ハーマスでは、取引先との関係の見直しを、社長の気持ちだけでなく、会社の仕組みで支えられる課題として捉えています。どの取引をどう続けるかは、会社の規模や仕事の中身によって変わります。そのため、決まった型を当てはめるのではなく、社長と後継ぎ、現場の双方が納得できるやり方を一緒に探していくことを大切にしています。
このテーマでは、たとえば次のようなご提案をしています。
- 取引先ごとの経緯と条件を、社長への聞き取りで整理する
- 値上げの相談に使う資料を、数字の面から一緒につくる
- 取引先との関係の引き継ぎ方を、社長と後継ぎと一緒に考える
絵にかいた餅にせず、時には現場に飛び込んで本質を追求し、できたらいいねではなく実際に変化を起こすこと。それを信条に、現場に入って伴走しています。
この連載では、「後継ぎ専務と読む製造業のこれから」と同じ出来事を、社長の正一さんの側から全5回で見直していきます。
出典
- 下請中小企業振興対策検討ワーキンググループ「下請中小企業振興対策の新たな展開」(平成14年11月、中小企業政策審議会取引部会 配付資料2。第1章 下請中小企業比率)
- 中小企業庁「下請中小企業振興制度について」(中小企業政策審議会 2012年10月10日 配付資料3。図表3、p.4・p.7。元データ:発注方式等取引条件改善調査(平成23年度))
- 中小企業庁「2020年版 中小企業白書」第2部第3章第3節(第2-3-29図 取引継続年数別に見た企業割合(受注側事業者)。元データ:帝国データバンク「取引条件改善状況調査」2019年10月)
- 中小企業庁「中小企業・小規模企業者の定義」
※下請中小企業比率は、自社より資本金または従業員数の多い法人から製造や加工を受託している中小企業の割合です。依存度のデータは製造業に限らない業種計の値です。